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☆万骨枯る/親就

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謝罪の言葉も、感謝の言葉も何時から言えなくなってしまったのだろう。
その一言でも溢してしまったら…

自分の全てを否定してしまうような気がして。

(我は――……何の為に今、戦っている?)

元就は対峙する五七桐を掲げた大軍を見据える。
元親もまた、視線をそちらに向けていた。

「囮なんて使うんじゃねぇぞ」
「……あぁ」

毛利と長曾我部の間で同盟を結んでから
元就は感化されたようである。

己が返した答えにすら、
元就は自嘲とも取れる笑みを零しす。

(今更、人の死を恐れるか――……)

血濡れた手を握ってくれた。
己でも抑えれない自分を止めてくれた。

――それでも…感謝の言葉すら言えない。

元就は余計なことだ、と想いを振り払い、
輪刀を強く握りなおした。

「覚悟ッ!!!」

前方に気を取られていた刹那。
見事に後ろを取られ元就は強く目を閉じる。

(迂闊…ッ)

「……?」

待てども来ない痛みを不思議に思い元就は
微かに目を開いた。

映ったのは、『紅』―――…。

「貴様…ッなに、し…て」

庇う様にして元就の前に立っていた元親が倒れる。
状況を理解しきれない元就は立ち尽くしていた。

「おい…無事、か…?」
「な……ッ」

未だに驚きの色が消えない元就に元親は苦笑しながらも静かに問いかける。

「…ッそんな事より己の心配をせぬか呆け者!!」

珍しく取り乱す元就に、
元親は再び笑みを浮かべながら弱々しく立ち上がった。

肩口から血を流しながら元親は先に行くよう促す。
それを渋々承諾した元就は輪刀を構え直し軍の指揮へと専念した。

――――――――――

――――――――

――――――

―――…

戦は元就の策も成り、勝利に終わった。

己の陣に戻った元就は
気にかけていたことを真っ先に兵へ質問する。

「長曾我部はどうした?」
「ぇ、あの、…それが……」

悲しそうに、苦しげに表情を歪ませる彼を見れば応えは出たも同じ。
武人として戦場で死ねれば幸せだ。

「…そうか、」


それだけ?


それだけ。


兵の表情に不快さを覚え、
そのまま無言で本陣から背を向ける。
(…下らない)
ただ一人になりたくて、元就は自分が采配を振るった高台へと向かった。
戦に勝って、

長曾我部が死んだ。

嗚呼――…
今なら四国すらも我の物ではないか。

何が可笑しい?

己が欲していたものが手にはいる。

自分の思考を整理すれば、思わず自嘲がこぼれた。
其れと同時に涙が頬を伝う。
潮風も、日の光すら今は心地悪かった。


「結局、何も言えなかったではないか――…ッ」


拳を握り、血が滲むのすら気にならない。

「ありがとう」
  「ごめんなさい」
      「さようなら」

何も、何もいえないまま―――。

血も涙も無い?

今此処に流れているではないか。
嗚呼――…
我とて人間なのだ。

「済まなかった、有難う――…、」


気付いたときには遅すぎた。

失ってからその大きさに気付いた。

もしも。
もしも再び会うことが出来たら伝えよう―――…

「       」

(言葉の重み)(命の重さ)
一将功なりて万骨枯る